2012年5月14日月曜日

音楽クラウドが、日本でサービスを開始出来ない理由。(その1)


 アップルのiTunesが切り開いた、デジタル音楽配信は、“1楽曲ごとの購入”と、“価格破壊”をもたらし、CD(コンパクトディスク)を過去のものにした。これからは、広告収益を柱にした音楽クラウドサービスが、“サービスの無料化”と、“データの山からの解放”をもたらし、従来型の音楽配信を過去のものにするかもしれない。しかし、日本では、この種のサービスは本格的なスタートを切ることが出来ない。複雑な権利問題が存在するからだ。この権利問題を、なるべく単純化して、分かりやすく説明する事を試みたい。

 CDの売上げは、どのように配分されるのだろうか。上のグラフは、その内訳を大まかに示したものである。実際には、各ミュージシャンごとに契約内容が細かく違うので、配分の比率は一定ではない。従って細かい数字は出せない。このグラフは、あくまでも大まかな目安である事を御理解いただきたい。

 音楽を商品として考えたとき、音楽ビジネスには2つの権利がある。音楽を制作する費用を出した者の権利と、作詞・作曲など内容を創作した者の権利である。お金を出した者の権利を「原盤権」という。創作した者の権利を「著作権」という。お金を出した者に配分される対価が「原盤印税」創作した者に配分される対価が「印税」である。グラフを御覧いただきたい。印税は、JASRAC(日本音楽著作権協会)、音楽出版社、作詞家、作曲家などで配分されるので、さらに細切れになる。これを見ると、原盤印税のほうが印税よりも遥かに大きい。つまり、創作した者の権利よりも、お金を出した者の権利の方が強いのである。

 大物ミュージシャンは、自身の設立した会社(もしくは所属事務所)で、音源制作費を調達する。新人ミュージシャンは、レコード会社に費用を頼る場合も多いだろう。原盤権を持っていれば、レコード会社は自由にベスト盤を発売する事が出来る。自身で作詞・作曲をするミュージシャン本人が、どんなに嫌がっていても、ベスト盤の発売が可能なのだ。原盤権を持つ者の権利は、創作者の権利よりも強いのである。少なくとも理論上は、そういう事になっている。ミュージシャンが自身で資金を調達し、同じ楽曲(同じ旋律・同じ歌詞の歌)を録音し直せば、その原盤権も著作権も、両方がミュージシャン本人のものとなる。しかし、以前に録音した同楽曲の旧ヴァージョンの原盤権は、レコード会社が保有し続ける。

 音楽著作権は、主にJASRACで管理されている。原盤権は、レコード会社やミュージシャンの所属事務所などが、個別に管理している。音楽の権利は二重管理になっているのだ。 しかも契約内容は、各ミュージシャン、各楽曲で個々に細かく条件が違う。音楽クラウドサービスなど、全く新しい形態で楽曲を提供する場合、個々に契約内容を再検討しなければならない。レコード会社がOKすれば、あるいはミュージシャンがOKすれば全てOKというようなシンプルな構造ではないのだ。関係各位は、新しいサービスにおける配分率を少しでも高めようと、数%の数字を巡りシビアな交渉を展開するだろう。広告収益を柱にした、音楽クラウドの無料サービスが普及すれば、CDの売上げ枚数は間違いなく減るはずだ。そこには、ユーザーの利便性より既得権益を守る事に熱心な、ビジネスマンの顔がちらつく。

 新しいテクノロジーが登場する一方で、旧い条件下で行われていた契約や慣習は、変化について行けない。新しいテクノロジーの普及を妨げるのは、こうした埃をかぶったような業界の習わしでもあるのだ。最新のテクノロジーとは対極にある、地道な話し合いや人間同士の駆け引きの世界なのだ。iTunesのスタート時に、アップルがレコード会社との交渉に成功したのは、スティーブ・ジョブスが自ら乗り出したからだった。ジョブズは音楽マニアであり、何より音楽を心から愛していた。彼の、音楽を愛する全身全霊の情熱が、ミュージシャンやレコード会社の重役の心を突き動かしたのだろう…。

(その2)へ続く…

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