2012年7月4日水曜日

音楽業界にいた者として、“違法ダウンロード刑事罰化“を考えてみる。(その2)

 音楽ビジネスは、権利ビジネスである。それに関連する法律も権利の内容も、非常に複雑だ。私自身も、到底全てを把握しきっている訳ではない。ここでは要素を絞り、本来なら複雑な話を敢えて単純化して、要点を御説明したい。

2. 音楽と権利・法律

 音楽ビジネスでは、音楽を制作する費用を出した者の権利を「原盤権」という。原盤権の保有者に配分される対価が「原盤印税」である。「原盤印税」は、例えば「CDの出荷枚数×20%(10%)」というように、CDの出荷枚数に20%や10%といった“みなし”の返品率をかけて基準となる数量が計算される。売れた枚数ではなく、出荷した枚数を基に計算されるのだ。個々のミュージシャンや個々の楽曲により契約内容が違うので、ハッキリとした数字を出す事はできない。音楽業界には、特有の「アドバンス(前払い原盤印税)」というものも存在する。この場合、1回支払われた前払い印税は返還しなくても良い事になっている。これらの事を考えると、次のような状況が発生し得る。これはあくまで、例えばの話だ。CDアルバムを初回50万枚出荷する。50万枚分で原盤印税が計算され、契約の範囲内での金額が原盤権保有者に支払われる事になる。つまり初回の出荷枚数が多ければ多いほど、一時的に大きな金額が動く事になる(その後は、例えば四半期毎に印税計算が行われたりする)。だが1年後、数十万枚が売れ残り返品される事となった。結果的には、CDが売れていない。故に、最終的には赤字になる。原盤印税の保有比率は、各ミュージシャン、各楽曲によって契約内容が違う。ミュージシャンの所属プロダクションが100%保有する場合もあるし、レコード会社が100%保有する場合もあり得る。プロダクションが70%、レコード会社が30%というように共同保有の場合もある。音源の制作費を分散出資し、リスクを低減させるのだ。各々のミュージシャンとの契約内容によって、細かい条件が様々に違う。しかし最終的に発生する損害は、業界の慣例上、レコード会社の持ち出しになる場合が多いのではないかと思う。

 上記の仕組みを利用すると、理論上は様々な事が考えられる。例えば、 決算期が近づく頃。どうしても売上金額を作りたい場合。合計30万枚分のCD入荷を、小売りや卸しに分散して頼み込む最終的に返品しても構わないから、という約束で今期内に受け入れてもらうのだ。今期内に30万枚出荷出来れば、それでまとまった金額を作れる。翌期になったら、返品してもらう。こうすれば前期の決算に関しては、数字を取り繕う事ができる。この場合も、原盤印税は出荷枚数に返品率をかけて計算される。翌期に赤字が付いて回るのは別途考えるのだ。大ヒット曲が生まれれば、赤字分を何とか解消出来る…。これはあくまで理論上の話であって、実際に行われているかは全く別の話である。この話は、出版業界の委託販売という仕組みを連想させる。出版社が生み出した本は、まず卸しを担当する“取次”が買い取る。そのタイミングで、出版社には取次からの現金が売上として入って来る。本は全国の書店に配送されるが、書店は売れ残った分を返品できる。返品分は、取次から出版社へと代金を請求される。出版社は、この代金を支払うために、新たに本を生み出す。自転車操業のような状態だ。

 日本のCDは、“再販売価格維持制度”という法律で守られている。 再販売価格維持制度は、「定価販売」を義務付ける法律だ。新聞、雑誌、書籍、音楽CD、音楽テープ、レコード盤の6品目は、文化の発展や情報の普及に貢献するものとして、この制度の適用が認められており、独占禁止法の適用を除外されている。つまりCDには、価格競争が発生しないのだ。この制度には期限が設けられている。古本や中古CDなどが安売りされるのは、価格保持期限を過ぎた商品だからだ。(ちなみに、DVDなどの映像商品は再販制度の適用品目ではない。)しばしば、この制度の廃止を求める声が上がる。しかしその都度、音楽業界は、この制度を維持するよう当局へ必死に働きかけて来た。この制度は、日本以外の国では既に廃止されているようだ。

 ところで音楽配信では、そもそも出荷枚数という概念が発生しない。音楽を売りたい者が登録料を支払って、1つのデータをサーバにのせてもらうだけだ。 その後は、消費者によって楽曲がダウンロードされる毎に、売上が発生する。CDの場合と状況が大きく違う。印税の配分に関して、根本的に契約内容を見直す事になるだろう。ここでは、数%の違いを巡って、関係各位のシビアな交渉が展開されるのだと推測する。また音楽配信は、再販売価格維持制度の適用外だ。海外の配信事業者との間で、激しい価格交渉が行われていると想像する。

 これまで述べて来たように、同じ楽曲でも、CDで売れるのと音楽配信で売れるのとでは大きな差があるのだ。音楽業界には、CDが存続して欲しい理由があった。“違法ダウンロード刑事罰化”の背景には、現在の音楽業界が如何に苦しい状況に置かれているのか透けて見える。音楽業界にとっては、CDの生産金額が急激に減少するのは、本当にキツイのだ。減少する分を、音楽配信により金額ベースで補えれば良い、というシンプルな話ではないのだ。CDの生産金額は、ピーク時の半分以下に落ち込んでしまった。しかも、音楽配信市場まで対前年比で16%減少してしまった。減少に歯止めをかける可能性が、ほんの僅かでもあるなら、打てる手は全て打ちたいのだろう。

 長らく日本の音楽業界に染み付いている慣習と既得権益そしてビジネスモデル。音楽業界は、根源的な変革を迫られているのだ。表面的な売上の数字にだけ捕らわれていても、根源的な問題は何も解決しない。日本のエンターテインメントの歴史は、言わば数々の偉大な先人たちが、大切に綴って来た1ページ1ページの積み重ねだ。我々の世代も、大切に1ページを書き加え、次の世代に引き継がなければならない。今の日本は、電機、エネルギー、医療、食品 etc. 根底からの変革を求められる業界が溢れている。音楽業界に限らず、巨大な壁を乗り越えることに挑んで欲しい…。

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